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タイの変化の様子
 タイに暮らして早や十五年が過ぎました。十五年もいると本帰国された方が又二度・三度目の駐在で戻って来られ再会という事も少なくなくそんな時には「タイも変わったわね」という話になるのです。そんな話題の幾つかをご紹介しましょう。

【先ずは住んでいる所から】
トンロー(ソイ55)近辺はかつては「場末」と言われソイの中では水牛が歩いていたそうです。ところが今やトンローはお洒落でトレンディーな街となりました。美容院もいっぱいウエディングスタジオもごろごろ軒をならべています。勿論トンローだけでなくバンコクの街全体もあか抜けてきました。素敵なインテリアのレストラン随分出来ました。

【爆発に増えた日本料理店】
昔は日本料理店と言えば「新大黒」「赤門」「日本亭」「菊水」が主な所でしたが、日本人の増加とタイでの日本食ブームの相乗効果で「こんなにあってどうするの」と思う程あります。競争が激しく美味しくて安くて雰囲気の良い店が生き残るので、食事をする側にとっては悪くはないというのが実感です。

【交通機関】
BTSの開通も欠かせない変化です。十五年前はシーロー・サームローが頼り。近場はマンションの前に停まっているお抱えシーロー。タクシーはメーターがついていなくて交渉をしなければならず相場を考えるのが面倒でした。渋滞もひどくその代わり遅れても言い訳が出来ましたが、BTSが出来てからはある程度時間が読めるようになり「マイペンライ」ではすまなくなりましたね。

【駐在員夫人の服装】
十五年前は殆どの方がマンハッタンファッション。マンハッタンホテルのコットン屋さんでオーダーしたひまわり柄や水玉柄等のコットンの楽なワンピース(サンドレス)を着てそれとお揃いのコットンバッグを持つというのが一般的で、Tシャツとスカートという人は日本から来たばかりの人という感じ。洗えば結構はげてくるのが難点でした。今のタイでは日本のファッションと殆ど変わらないですね。

【メイドの服装】
今ではメイドもTシャツとGパン姿ですが、十五年前は腰巻スカートを巻いている人が殆どでした。若いメイドから徐々に腰巻スカートが姿を消したようです。

【足元】
お洒落の最後の決め手は足元から。ところがタイ人は頭の先からしっかりセットしてスーツやワンピースでお洒落しているのに、「その足元は?エッ!ゴムぞうり!!」と目が点になるチグハグさ。でもタイ人もストッキングを履ききちんと靴を履く人が増えました。却ってタイ人化した私達日本人の方がストッキングを履くのが億劫になってしまったようです。

【日本人の居住区域の拡大】
日本人が住む所はスクムウィット界隈が主で特にソイ24はソイジープンと言われていました。勿論今でも一番多い区域ですが、今や日本人はスクムウィットはもとよりバンコク以外の場所にも住む方が多くなりました。更に十五年後タイはどう変化しているのでしょう。

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